USスチールの株価下落が顕著だ。8月中旬に42ドル程まで上がっていた株価はついに30ドルを割り込んだ。これは日本製鉄の149億ドルに及ぶ買収をバイデン米大統領が正式に阻止する発表が間近だとされるからだ。日本製鉄とUSスチールは昨年12月に買収合意済みだ。
バイデン大統領が買収を反対する理由は国家安全保障上の懸念である。もちろんハリス副大統領も「アメリカ所有」のままであることを望むと述べている。トランプ氏も以前よりこの買収は認めないとの姿勢を表明している。
日本製鉄はペンシルベニア州とインディアナ州の組合代表施設に27億ドル以上を投資し、これらの地域の製造業を支援する計画だと発表しており、更に買収が成立した場合、中核となる経営幹部と米国企業の取締役の過半数が米国籍になると発表している。
また、USスチールのCEOはこの買収の取引がうまくいかなければ、何千もの高賃金の組合雇用を危険に晒し、ペンシルベニアの製鉄所の閉鎖、ピッツバーグに本社を維持することも難しいと声明を出している。
尚、85万人の組合員を抱える全米鉄鋼労組は、日本製鉄の買収発表について事前の説明が無かったことに不快感を示し、買収者として不適格とし、買収取引は完全にやり直さなくてはいけないと発言。また、日本製鉄は中国との合弁会社を運営することから国家安全保障上も問題があると主張。
現状、アメリカ政府の外国投資委員会が、この買収がアメリカの安全保障に及ぼす影響を審査中で、まだホワイトハウスに勧告書は送っていない。
もし、外国投資委員会が安全保障上のリスクがあると判定した場合は、買収取引は暗礁に乗り上げるだろう。撤退となると日本製鐵はUSスチールに賠償金支払い義務が発生するらしい。そしてUSスチールは製鉄所の閉鎖、大量の解雇者が発生する可能性がある。逆に安全保障上のリスク無しと判定された場合、どうなるだろう。大統領はUSスチールの従業員が大量解雇される可能性を知りつつも、この買収を反対する理由をどう説明するのか。過去の栄光や大国アメリカの体裁だろうか。それとも国有化して税金で雇用と体裁を守るのか。
日本製鉄は過去に身を削る製鉄所閉鎖やリストラの痛みに耐えて経営を再建してきた。USスチールもできる限りの雇用を守りつつも効率的に経営再建を成し遂げるよう考え抜いた買収取引の決断だっただろう。
僕が言いたいのは、バイデン・ハリス・トランプは、せめて外国投資委員会の勧告書を受け取り、今後のアメリカ鉄鋼業界にとっての最善策を吟味するまで、この件について発言するのは時期尚早ってこと。国家安全保障についての影響が判明する前になんの判断ができるのだろう。ご機嫌取り以外に何も感じない。激戦区ペンシルベニアの反応はどうなのかよくわからないけど。とにかく偉大なアメリカをアピールし、選挙戦を優位に進めたいのだろうか。
日本製鉄も全米鉄鋼労組と不利な交渉で取引を急ぐ必要はない。違約金を払っても買収以外の協業方法を模索するよう方向転換する方が得策かもしれない。これまで成功してきた経営戦略が他国、ましてやアメリカ相手に通じるとは限らない。アメリカ労組は強く、権利主張も譲らない。労働力の流動性が進んだイメージのアメリカもこういうところは結束して戦う。想定外のお荷物を背負い込むリスクもある。買収が成立したとしても、その後の経営判断について、スピード感のある実施が可能なのかも疑問だ。
僕はというと、保有する日本製鉄株は3月末の配当権利を確定させた後、とりあえず全部手放した。高配当なのは捨て難いが、不透明感が払拭されるまでは手を出さない予定。